八幡西区 黒崎周辺の風景

安川電機時代に黒崎には20年以上居住していた。
最近もと職場のOB会が黒崎の料亭で開かれ、その会場の壁には、写真のような江戸時代の黒崎宿古地図が描かれていた。
b0017474_123227.jpg

遠景に帆柱山、右手に岡田宮があるので、スケッチ点は黒崎城山あたりである。
この原図は有名な奥村玉蘭の筑前名所図会である。
b0017474_2213970.jpg

右の岡田宮は有名であるが、中央の丘に黒田社がえがかれているが、具体的な神社は思いあたらない。
同僚も何処だろうとくびをかしげていた。
左下の浄蓮寺は知っているから、位置関係からは鳴水町から紅梅町の間くらいらしい。しかし現在の地図情報で探しても見当たらない。 春日神社や鳥野神社などの名前はあるが、黒田神社はない。
自宅に帰り、福岡県史を読むと、そのなかに遠賀郡黒崎の黒田宮の記事があり、安政二年に御供米10俵が3割減らされたため、もとに戻すよう陳情したことが記載されている。
たしかに存在していたようだが、明治維新後に取り潰されたのだろうか?
も少し時間をかけて調べてみようと、ネットサーヒィンでしばらく探していたら次のウエブを発見した。
黒崎宿周辺の歴史が詳しく紹介されている。
http://www.geocities.jp/hitosht/06nagasaki1/03kurosaki.html
このホームページによると、春日神社のことを黒田宮ともいうそうだ。黒田長政が入国したので、長政の霊も祀られたようだ。
黒崎祇園の本拠となる神社なので、いろんな名前をもっているようだ。
地形的には浄蓮寺のすぐちかくなのだが、この地図では少し離れた丘の上になっているので、勘違いをしてしまった。地図の書き方が少し誇張されているが、昔は住宅も少なく、丘の上にはっきりと見えていたのであろう。
[PR]
by gfujino1 | 2009-06-30 12:03 | 郷土史
<< 桜井神社 村山先生の顕彰碑 >>