大久保利通と東郷平八郎の戦略

西郷の征韓論を封じるのに、大久保は3段階の戦略をもちいた。
公家の同意をえたが、寝返りにあい、太政大臣、右大臣をだきこんだが、曖昧な態度をされ、最後は
明治天皇の側近を通じて、決断をえた。
バルチック艦隊の進路が不明のため、対馬海峡で待機するか、津軽海峡に移動するか、中間の能登半島で待ち受けるか、参謀たちの意見がわかれた。東郷は1日決断を延期して、翌日早朝津島海峡に向かっているとの情報をえた。
これらの経緯は、歴史の記録の正史にはかかれて居ない。
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by gfujino1 | 2013-07-26 16:58
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