博多「古渓町」

郷土文化の継承に努め、2004年6月に亡くなった生粋の博多っ子、故西頭昭三さん(享年75)をしのぶ会が14日、福岡市博多区のホテルで開かれた。
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西頭さんは1928年、同市博多区の旧古渓(こけい)町(現奈良屋町)生まれ。同町で育ち、土建業を営みながら、博多祇園山笠では同町の取締などを歴任した。

 66年の町界町名整理に伴って同町名は消滅したが、西頭さんはその証しを残そうと、97年に地元に土地を購入。同町名の由来となった禅僧、古渓和尚ゆかりの井戸「古渓水」を復元して開放した。場所は古地図の赤○付近。

京都大徳寺の古渓和尚は三成の讒言により秀吉の勘気にふれて、博多にながされ3年間ここにすみ、点茶用水の井戸を掘ったという。これは火除けのまじないにも珍重されたという。古渓和尚の像は奈良屋町の報光寺に安置されている。

古渓町地域は袖の湊時代からの魚問屋町で、その筆頭は西浜屋の博多八丁兵衛と自称した西頭徳蔵で、昭三さんはその子孫であるという。この功績がたたえられ、2003年には博多町人文化勲章を受章している。
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by gfujino1 | 2007-07-14 15:40 | 郷土史
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