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JR九州の歴史

鉄道ファンのかたならご承知の話。
博多駅のコンソース、中央改札口付近の一本の柱に、写真のような外国人の像がはめ込まれている。 大勢の人の流れがこの前を過ぎていくが気づく人は殆どいない。
福岡県下の鉄道は1889年に、民間の九州鉄道会社によってつくられた。
1872年に開業した新橋-横浜間はイギリス方式、1880年に開業した北海道はアメリカ方式であったが、九州鉄道はドイツ方式を採用。
ドイツ国鉄の機械監督ヘルマン・ルムシュッテルを招聘し、ドイツ製の機関車やレールを博多港から陸揚げして、博多-久留米間が完成した。
1889年12月11日一番列車が、博多-久留米間を走った。
この貢献者ヘルマン・ルムシュッテルの像だが、あまり目だたないのが残念だ。
いまの博多駅舎は、旧駅舎から600m南東の今の場所に移転し、また新規に建て替えられる予定であるが、この貢献者ルムシュッテルの像は残してもらいたいものである。
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by gfujino1 | 2006-06-23 11:58 | 郷土史

福岡と唐津(奴国と未盧国)

玄海灘に面した北部九州には、かめ棺が出土する。
昨日聞いた唐津周辺の発掘調査の報告では、福岡と唐津と で大きな差があるそうだ。
福岡地区では通常二つのかめを水平に向い合わせにおいて そのなかに遺体をいれて、
接合部を粘土で封じる。
唐津地区では、一個のかめを逆立ちにおいて、 折り曲げた遺体にかぶせている。
人骨から唐津のほうが、背たけが低いことも判明したそうだ。
弥生前期には、唐津の末盧国と伊都国の間に大きな 人類文化の差があったことがわかる。
弥生後期になると末盧国は停滞し伊都国、奴国は繁栄して、伊都国には 魏の使者が駐留するところとなった。その理由は?
魏志倭人伝のなぞがまた一つ増えた。
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by gfujino1 | 2006-06-23 07:34 | 郷土史