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センナの花


近くの花屋さんでは、最初は「千の小花」という名前を教えられた。わが家の玄関わきに植えたら結構おおきくそだって、黄色の花を毎年秋にみることができる。
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しかし家でしらべてみたら、そんな名前がみあたらない。
ネットで調べると南米原産の「カッシア」という花らしい。
別名アンデスの少女ともいうとかいてある。
ヨーロッパで「センナ」というらしいから、千の小花になったのかもしれない。
昨日のテレビではモクセンナと紹介されていた。結構背の高い木に育っていた。
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by gfujino1 | 2007-10-22 20:57 | 日常生活

小山田斎宮

古賀市の小山田斎宮については、このブログの05年4月に私の調べた内容を記載しているが、最近河村哲夫氏の西日本古代紀行を読んで、私と同じ考えであることを知った。
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日本書記に仲哀天皇が亡くなったので、神功皇后が仮葬の場所を小山田斎宮にしたことが記載されている。
江戸時代に貝原益見がこれを久山町の山田斎宮と推定したために、地元の学者(長先生たち)もこれを信じておられるかたが多い。
古賀市の小山田斎宮は辺鄙な場所のため、また市の広報が不十分のため存在をあまり知られていない。
しかし、河村哲夫氏の本では、「遠賀川河口から筑紫平野に上陸した一行が香椎までたどった経路」が地図のようなルートだったと推定し、久山まわりで香椎にいくのは不自然であり、古賀の小山田経由のほうが自然である。
仲哀天皇の遺体をこの経路にそって送り返し、香椎、小山田、穴門の順に移動させ、穴門の豊浦宮が忌宮神社と呼ばれるになったと想定している。
地元郷土研究者として大いに意を強くした次第である。
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by gfujino1 | 2007-10-08 18:10 | 郷土史

不弥国王の古墳

先日は宇美町の光正寺古墳と、志免町の七夕池古墳を見学した。といっても二つの直線距離は1Km以内で大変近いが、町の境界線でわかれている。
宇美町は平成になり発掘調査されて、きれいな公園として整備されていて、駐車場もある。
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志免町のほうは、昭和時代の発掘調査で、時間がかかっているせいか、草がはえて荒れ果てた感じで、標識も貧疎で駐車場もない。
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どちらも不弥国王の関連と推定されているが、管理自治体の差で、古墳の扱い方の格差も大きい。
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by gfujino1 | 2007-10-03 15:28 | 郷土史