承福寺(上八)


玄海町に上八という地名があり、コウジョウとよみます。
ここに承福寺があり、代々の宗像氏の菩提寺でした。
写真は現在の承福寺の本堂の外観です。
ここの住職であった玄蘇景轍和尚は、生まれは古賀と福間の境界にある飯盛山城主の河津氏の次男でした。
妹は博多商人の神屋宗湛の嫁になっています。
博多や京都の寺で修行したので、大陸事情に精通していました。
秀吉の時代に李朝との交渉の窓口となっていた対馬藩に招聘され、交渉の任にあたり、和平工作に苦労しました。
江戸時代となって、最初の朝鮮通信使を迎えるための交渉に心血を注ぎ、その成功を見たうえで対馬の地で没しました。

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by gfujino1 | 2004-09-06 17:35 | 郷土史
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