箱崎八幡宮

b0017474_1644264.jpg

b0017474_16362416.jpg

まえに桂川町の大分宮を紹介したので、その遷宮先といわれているの箱崎八幡宮を紹介しよう。ハコは韓国の古語で神仏であり、神霊のやどる海岸を意味する。博多もハコガタからハカタになったという。福岡市内にあり元寇の「敵国降伏」で有名なので、ご存知のかたも多いと思う。敵国を降伏させるというのではなく、返り点がないから敵国が降伏してくるという意味と解釈するのが現在の宮司さんである。最近JR箱崎駅の高架工事にともない、発掘調査がされた結果、弥生時代の遺跡とともに中世の唐人や宋人の住居跡が沢山みつかった。貿易で繁栄した場所だったろう。
母方のお寺妙徳寺が近くにあるが、こらも栄西和尚が帰国後最初に建立したものだそうだ。
氏子である私は、子供のころから境内を遊び場所にしていた。家内も同じ箱崎小学校であったから、遊び場所の話題になると話がよくあう。母の実家はさらにお宮に近かったから、大楠木の幹の洞内がかくれんぼの場所だったようだ。
b0017474_9322443.jpg


今回の福岡西沖の大地震は、679年の筑紫地震以来のものであったと思う。新聞によると、
福岡市東区箱崎の筥崎宮で、本殿横に立つ国の重要文化財「石燈籠(とうろう)」が倒壊した。
高さ約三メートルで観応元(一三五〇)年の銘があり、千利休が奉納したと伝えられる。
慶長十四(一六〇九)年に福岡藩主黒田長政が建てた石製約八メートルの「一の鳥居」
(国の重要文化財)も左右の支柱が東側に約五センチずれた。
佐野正靖権祢宜(35)によると「境内と参道を合わせ、灯籠の二十基以上が倒壊した」という。
今までこんなに倒れた話はなかった。今年も放生会の時点で、「一の鳥居」はずれが修復されていたが、「二の鳥居」はまだ修復できていなかった。

 毎年5月には茶の湯を大成した千利休に思いをはせる、裏千家による献茶祭が,筥崎宮で開かれる。今年は裏千家の関係者およそ800人が参加し、本殿で十六代家元の坐忘斎千宗室宗匠(ざぼうさいせんそうしつそうしょう)が濃茶と薄茶をたてて神前に奉納した。
献茶祭は、1587年に九州平定のため博多を訪れた豊臣秀吉が千利休と共に「箱崎松原の大茶会」を開いたことにちなみ、毎年この時期に開かれ、茶の湯の開祖ゆかりの神社に茶を捧げ、参加者は先人の功績をしのんでいる。





[PR]
by gfujino1 | 2005-03-21 09:46 | 郷土史
<< 筑紫の大地震 常岡源吉翁の顕彰石碑 >>