3世紀の鏡

昨日は3世紀の鏡からみた邪馬台国の話をきいた。
現在5300枚も出土している鏡を種類、時代、地域ごとに調査して、卑弥呼が魏からもらった100枚の鏡をしぼりだそうという話である。
時代的には三角縁神獣鏡が候補となり、専門的な名前や表現が多く、素人には理解しにくい点も多い話であったが、一つの可能性は、兵庫県の播磨から大阪あたりが邪馬台国らしいという結論であった。
九州でもなく、大和でもないのは意外で、また三角縁神獣鏡は中国ではつくられていないという説もあるが、それには触れずに、ただ鏡の分類整理学的な結論だったので、ひとつの仮説と考えるしかない。
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九州では福岡県前原市の平原古墳で出土した日本最大(径465mm)の鏡は内行花文鏡で、破砕されていた。
奈良県下池山古墳で出土したものは376mmで少し小さいが、おなじ内行花文鏡(連弧文)で、割られず完全な形であった。
中国より大型の銅鏡が九州で最初に作られた弥生時代後期、そして色んな文様を考案した当時の技能者の民芸的価値は、非常に進んだものであり、どんな社会であったのか興味が深まるばかりである。
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by gfujino1 | 2007-07-14 16:26 | 郷土史
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